あらゆる秘密結社の元祖とされるテンプル騎士団。
起源は11世紀後半からの十字軍遠征である。
創設者はユーグ・ド・バイヤンをはじめとする9名のフランス騎士。
1118年、エルサレム王国のボードワン2世に謁見した彼らは、
巡礼者の保護と周辺警備を目的とする騎士団の設立を求め、
国王はソロモン王の神殿が建っていた跡地を彼らに下賜。
ここを本拠地として「テンプル(=神殿・聖堂)騎士団」は誕生した。
テンプル騎士団は、戦闘時以外には戒律を遵守し、神に祈りを捧げ、
清貧な生活を贈ることが義務づけられた。
また入団の際には、すべての私有財産を放棄し、騎士団に捧げるのが掟であった。
その結果、騎士団は一国家にも匹敵する莫大な財産を抱える事になる。
同時に、テンプル騎士団はローマ教皇からの公認と教皇直属組織としての認定も受けた。
これにより、納税は免除、一種の治外法権的組織へと変貌していったのだ。
このような状況を背景に、テンプル騎士団は経済活動を始める。
王侯貴族への融資、為替取引など、現在の銀行業である。
こうして、彼らの財産はさらに膨れあがっていった。
ところが、この経済活動が彼らの首を絞める事になる。
1187年、1244年の2度にわたるエルサレム陥落で、テンプル騎士団の拠点は次々と壊滅。
さらに1291年、十字軍の活動が終結すると、テンプル騎士団も その設立目的を失ってしまう。
だが、彼らにはまだ莫大な財産があった。
その彼らから多額の借金をしていたフランス国王フィリップ4世が、
借金の消滅と騎士団の財産を目当てに、彼らの壊滅を考える。
すぐに騎士達は濡れ衣によって逮捕され、異端審問にかけられた。
こうしてテンプル騎士団は解散へと追い込まれたのだ。
ここからは伝説だが、残党がスコットランドに渡り、
フリーメイソンの始祖となったという話がある。
その証拠のひとつが、テンプル騎士団の意匠あふれるロスリン礼拝堂だ。
また、テンプル騎士団は結成後すぐにソロモン神殿跡での発掘に携わっていた。
そこで彼らは、契約の箱、あるいは聖杯を発見したという話もある。
【画像中央:最後の総長ユーグ・ド・モレー】
【画像右:ロスリン礼拝堂】