
釣りが総ての人に受け入れられない理由の一つに「自然を汚す輩」という見方がある。
釣りに行く人間の中には、自然をゴミ捨て場を勘違いしている人間がいる。私から言わせれば、そういった人間は釣り人以前に人間失格である。釣りという前提には海水にしろ淡水にしろ、水が根底になっている。自分たちの生活をもう一度思い直してほしい。淡水であれば飲み水、海水であれば海水魚を食べるのである。ごみだらけの水域に存在するアジやマグロを食べる気持ちが出てくるであろうか?
化学製品であるルアーやラインが混在している淡水で、お茶やコーヒーを飲めるであろうか?ほとんど人はNOと答えるだろう。そうなのである、ほとんどの人間は「自然を汚してはいけない」と理解しているのである。
しかし、釣り場に行くと心の開放感により自分に邪魔なものはすべて捨ててしまう。そこが汚れることなどお構いなし、「自然には浄化能力があるし、ゴミは誰かが拾ってくれる」という意味不明の偽善論を頭の中に立てて、自然汚染の4文字は綺麗に忘れてしまう。
良識ある腕の立つ釣り人はこう語る「釣り場は訪れたときより美しくなくてはならない」。自分が汚さないこと無論、訪れたときに気づいた汚れは持ち帰る。自分たちの釣り場と自然を守り、次の世代に残さなくてはならないのです。
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