大阪城2回目です。入口を入って本丸に行くのですが、大型の城らしくやはり、かなりの距離があります。また、敷地内には体育館や文化施設などもあり、近代的なつくりです。府民の憩いの場という感じを受けます。
■以下(ウィキより)
安土桃山時代、上町台地のほぼ北端、石山本願寺の跡地に1583年(天正11年)、豊臣秀吉が築城を開始した。完成に1年半を要した本丸は、石山本願寺跡の台地端を造成し、石垣を積んで築かれたもので、巧妙な防衛機能が施された。秀吉が死去するまでに二の丸、三の丸、総構えが建設され、3重の堀と運河によって囲むなどの防衛設備が施された。天守は、絵画史料では外観5層で、「大坂夏の陣図屏風」や「大阪城図屏風」では外壁や瓦に金をふんだんに用いた姿で描かれており、それに則した復元案が多くある。大坂城の普請中に秀吉を訪問し、大坂城内を案内された大友宗麟は、大坂城を三国無双と称えた。築城者である秀吉自身は、京都に聚楽第、伏見城を次々に建造し、大坂城よりもそれらに居城した。1599年(慶長4年)秀吉の死後、秀吉の遺児豊臣秀頼が伏見城から、完成した大坂城本丸へ移り、また政権を実質的に掌握した五大老の徳川家康も大坂城西の丸に入って政務を執った。
写真1
canon 5Dmark2 24-70mmF2.8LUSM 1/200 F7.1 ISO100 EV+0
外人さんはここで必ず記念撮影をするそうです
写真2
canon 5Dmark2 24-70mmF2.8LUSM 1/160 F5 ISO100 EV+0
なぞの構築物?確か歴史資料館だったかな?違っていたらすみません
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